2-4
崋山良輔は宮崎空港のロビーで、神屋の姿をさがした。
昨日の午後、神屋から電話があり、宮崎県のサッカー協会の幹部が会いたいと言っているとのことだった。
監督の神屋でもよかったらしいがが、自分が行くからと返事した。それで予定を2日早め、福岡から飛んできた。神屋も車で宮崎市内に来てもらうことにした。
人波の向こうで、神屋が手を挙げた。
腰の方は良くなったらしく、しっかりした足取りだった。
華山はさっそく訊ねた。
「新聞広告の反応はどうです」
「思ったより、反響は大きいですな。電話でも話しましたけど、この1週間で問い合わせは50件以上ありました」
「なかなかいいな」
「それと、あさってのセレクションには、NHKもMRTも取材にくるそうです」
「それはありがたい」
「協会も、それでびっくりしてわれわれを呼んだんでしょうな」
協会には、神屋の車で行くことにしていた。協会のメンバーについて聞いてみたが、神屋はあまり知らない様子だった。長年サッカーに携わってきたとはいえ、宮崎市から離れた都城市が中心なので、上層部と知り合う機会がなかったのも当然だろう。神屋は運転中は口数が少なかった。緊張しているのかもしれない。
崋山はもちろんまったく面識はなかった。
美しいフェニックスが両側に並ぶ南国風のハイウェイを降り、20分ほどで市内に入った。めざす建物は、JRの宮崎駅に近いビルの1階にある。駐車場を探すのに手間取り、そこからずいぶん離れたところに車を預けた。
この訪問が重要な意味を持つことになるとは華山には分かっていた。
協会のドアを押す前に、かれは背筋をピンと伸ばし、自らに気合いをいれた。
2-3
竹宮健二は新聞にもう一度目を落としてから訊いてみた。
「このチーム、これってプロを目指しているんですか」
梅ヶ谷は身を乗り出した。
「そうなんだ。神屋さんというのがオレたちの監督なんだけど、いまのチームをベースに、新しくチームを作って、プロにしようという話しなんだ。いますぐには難しいかもしれんけど、将来全員にも給料を払えるようにするらしい。なるべくはやく強いチームをつくって、JFLやJ2に上がれるようにするらしいんだ」
「それはすごいですね」
「神屋さんていたろう。うちの監督なんじゃけど。うちのゴールキーパー兼監督」
「ゴールキーパーというと、この前入院した人ですか」。
「そう。ぎっくり腰じゃったけど、2、3日で退院してきた。その神屋さんの知り合いの人が大きな会社の社長で、その人がスポンサーになって、チームを作るという話しなんじゃ」
「そうですか。」
それにしてもこの募集広告は大げさすぎるだろう。「都城からJリーグヘ」はわかるにしても、「都城から世界へ」というのはあまりにも飛躍しすぎだ。
健二には現実味が感じられない話だった。
新聞をたたんで梅ヶ谷に戻しながら
「梅ヶ谷さんはどうするんですか」
「オレ?」
「セレクションを受けるんですか、やっぱり」
「ああオレ?」
梅ヶ谷は苦笑した。
「オレはじつはセレクションで点数をつけるほうなんだ。つまり選ぶ方」
「ああ、そうでしょうね。梅ヶ谷さんなら」
「いや、神屋さんとは昔からのつきあいだから。だからまあ、健二くんが参加してくれれば、合格は間違いないんだけどな」
健二がなにか言おうとしたところ、店長の怒声が聞こえた。休み時間は終わりだった。しかし健二の皿にはギョーザが半分以上残っていた。これを見たら店長はもっと怒るだろう。急いで口に押し込んだ。梅ヶ谷は目を丸くした。
水で流し込みながら、明日からは休み時間は外に行こう、外でパンでも食べようと思った。
この店のギョーザ定食はもういやだ。
2-2
広告記事は宮崎日々新聞の社会面の下の方に、宮崎放送の春の新番組のPRとともに掲載されていた。拳ぐらいの大きさで、かなり目立っている。
新聞はところどころに客がつけたラーメンのシミがあり、ヨレヨレになっている。
竹宮健二は顔を上げた。
向かいの席から梅ヶ谷がいった。
「どう、受けてみらんかね」
二人は、店の片隅で、昼飯のギョーザ定食を食べていた。
昼飯はタダだった。それはありがたかったが、アルバイトに出される食事はラーメン定食とギョーザ定食の2種類しかなく、今日はギョーザ定食の日だ。さすがに飽きてきたなと思いながら、竹宮は首を振った。
「オレはちょっと無理ですよ。この前の試合見たでしょう」
「けっこう良かったじゃないか。やるなあと思ったけど」
「でも中学女子に負けたんではね」
あれは屈辱だった。見事にボールを奪われ、シュートまで行かれてしまった。
あのあと、梅ヶ谷から、女子の日本代表候補にもなっているらしいという話を聞いた。父親の仕事の関係で、都城に引っ越してきたらしい。
しかし、女は女で男子とは比較にならない。女子の日本代表チームは、男子高校の強豪チームには敵わない。そういうレベルなのだ。そのレベルの選手に、ああも簡単にボールを奪われるとは。
それにキーパーとしても自分はオソマツすぎた。
この前の試合の2失点は、両方とも自分のせいだ。
つまり負けは全部自分の責任だ。
梅ヶ谷は、試合の翌日も練習試合だから気にしないでくれと言ってきたが、竹宮は聞き流した。その話はしたくなかった。その様子を察して梅ヶ谷は何日か声をかけるのも遠慮していたようだが、今日になっていきなり新聞を差し出してきたのである。
「オレは評価しているけどね」
梅ヶ谷は箸を置き、テーブル上のポットからコップに水を注いだ。
「ブランク開けにしては上出来じゃろ」
2-1
都城からJリーグヘ! そして世界へ!
〜ヴァロール都城セレクションのお知らせ〜
今年から都城地区リーグに参戦するヴァロール都城は、「都城からJリーグへ! そして世界へ!」という夢を目指し、選手募集とセレクションを行います。
われこそはという方は、ぜひご参加ください。
【セレクション日程】
日時:3月31日(日) 13:00〜
会場:都城市・扇山運動公園
【参加費】
1000円(保険料込み)
【資格】
年齢:16〜30歳
【持参するもの】
簡単な履歴書。未成年は保護者の承諾書も
【テスト内容】
ゲーム形式、他
【問合せ先】
電話:(担当 神屋)
メール:
1-2
「じゃあ、あとはやっぱり募集だな」崋山はいった。「新聞で選手募集をやろう」
「新聞というと、宮崎日々新聞ですか」
「それぐらいでいいでしょう」
「そいつはすごいな」
「締め切りはいつごろにしますかね」
「締め切りというと?」
「締め切りというか、選考会みたいなものがいるんじゃないかな」
「ああ、セレクションが必要でしょうね。そうだな、今月中には選手をある程度固めておかなきゃならんから、31日でどうでしょうか。たしか日曜日だったはずです。その日にセレクションをやって、その場で決めてしまえばいい」
「31日とすると、10日後か。神屋さん、腰は大丈夫ですか」
「なんとかなるでしょう。万一のときは、代理を頼めばいいし」
梅ヶ谷のことを言っているのだろうと崋山は思いながら、続けて「場所はどこで」
「扇山運動公園が便利でいいでしょうが、まあ、それはどこでも」
「場所を借りる手配がいりますね」
「それはこっちで誰かに頼んでやっときましょう」
「時間は何時からにしますか」
「13時ぐらいがいいですな」
そこまで決まれば、明日、神屋のサッカークラブの誰かから会場確保の電話をもらって、あさってには広告を出せる。
広告とセレクションの間の期間が短いのが心配だが、神屋の方でも知り合いのチームのコーチたちに連絡をとってPRしておくことになった。
神屋が言った。
「チーム登録は先にすましておく必要があるんで、うちのクラブと、伊藤町のクラブ、この前の試合の相手なんだけど、合同チームを結成するということで、県のサッカー協会には届出を出しときました。」
「なるほど。むこうにはまだ挨拶してなかったですね」
「どっちみち一緒になる予定だったんで、それはまだいいんじゃないですか。クラブの選手はとりあえず全員、新しいチームに入ることになるんで、万が一、セレクションの人数が少なくても、合わせれば20人はいるので、まあ、格好はつくでしょう」
崋山がうなずくのを見て、神屋が続けた。
「それと、チーム名はヴァロール都城で登録しときました」
ヴァロールはスペイン語で勇気という意味である。これは崋山が神屋と話し合って、前から決めておいた名前である。
崋山がいった。
「そうすると、そろそろユニフォームがいりますね」
「そうですな」
「発注しときましょう」
「お願いします」
「セレクションのときには、いまのクラブの選手に渡せるようにしときましょう」
「それはいいですな」
「それからもうひとつ」と崋山は言いかけて、神屋の妻が病室の入り口から顔をのぞかせ、またひっこめたのに気がついた。
そろそろ暇乞いの時間だ。なんといっても見舞いにきているわけで、あまり負担をかけてはいけない。
「ホームページを立ち上げようと思うんだけど、だれか手伝ってくれる人はいないかな」
「ホームページ」神屋が繰り返した。「手伝いというと?」
「業者に作らせるけど、中身を考えてくれる人間が要る。ある程度サッカーに詳しい方がいいけど、そうでなくてもいいかもしれない。とりあえずは、ときどき更新してくれれば。アルバイトでもいいと思うけど」
「そうですなあ」といって、神屋はふと思いついたように「うちの香美柚はどうかな。パソコンでもきるし」
「ああ、香美ちゃんか。それは助かるな。」
神屋の一人娘である香美柚のことは、彼女が小学生のときから知っていた。崋山の娘とほぼ同じ年頃のはずである。
たしか昨年、東京の大学を卒業し、地元の会社に戻って事務員をやっているはずだ。昔から目鼻立ちがくっきりした女の子で、大人しくしていても人中で目立つタイプだった。さきほど久しぶりにみかけて、美貌がさらに輝きをましていることに気づいた。
「どこにいったんだろう。もどってきませんね」
ああいう美人は眺めているだけで目の保養になるのにと、崋山はまったく関係ないことを思った。
「どこかで油を売ってるんでしょう。あとで話しておきますよ」
「そうですか、それは残念だ」
そろそろおいとましますといいかけて、崋山はもう一つ言い残したことに気づいた。
「例の福岡の3人だけど」
「おう、どうなってます」
「セレクションには来れないかもしれない。こっちに来る前に、仕事を決めとかないといけないらしい」
「あらら。それはまずいですな」
「まあ、無理もない。本人たちも、仕事がないのに、サッカーだけで宮崎に来るわけにもいかないだろうから」
「でしょうな」
「それで、場合によっては、僕がこっちで会社をつくるかもしれない」
「社長がですか」
「ええ、そこで雇ってしまおうかと。そこで仕事をしてもらって、サッカーもできるようにしようかなと。あとの選手も、希望があれば雇えるようにする」
「そこまでやりますか」
「まあ、それが一番てっとりばやいのかもしれないな」
「たしかに、そうすれば、いちばんいいんでしょうが。どんな会社をつくるんですか」
「たぶん、前の会社とおんなじだろうけど。ただ、時間がかかりそうだから、3人の件はしばらくペンディングだな」
「かれらがいないとなると、県予選はかなり厳しいですよ」
「わかっている。なんとかするよ」
妻の総子が戻ってきた。
彼女と二言三言世間話を交わし、崋山は病室を出た。
香美柚は結局すがたをみせなかった。


